刑法(R3)
【問題文】
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について論じなさい(住居等侵入罪及び特別法違反の点を除く。)。
1 甲(50歳)は,実父X(80歳)と共同して事業を営んでいたが,数年前にXが寝たきり状態になった後は単独で事業を行うようになり,その頃から売上高の過少申告等による脱税を続けていた。甲は,某月1日,税務署から,同月15日に税務調査を行うとの通知を受け,甲が真実の売上高をひそかに記録していた甲所有の帳簿(以下「本件帳簿」という。)を発見されないようにするため,同月2日,事情を知らない知人のYに対して,「事務所が手狭になったので,今月16日まで書類を預かってほしい。」と言い,本件帳簿を入れた段ボール箱(以下「本件段ボール箱」という。)を預けた。
Yは,本件段ボール箱を自宅に保管していたが,同月14日,甲の事業の従業員から,本件帳簿が甲の脱税の証拠であると聞かされた。甲は,税務調査が終了した後の同月16日,Yに電話をかけ,本件段ボール箱を回収したい旨を告げたが,Yから,「あの帳簿を税務署に持っていったら困るんじゃないのか。返してほしければ100万円を持ってこい。」と言われた。甲は,得意先との取引に本件帳簿が必要であったこともあり,これを取り返そうと考え,同日夜,Y宅に忍び込み,Yが保管していた本件段ボール箱をY宅から持ち出し,自宅に帰った。
2 甲は,帰宅直後,Yから電話で,「帳簿を持っていったな。すぐに警察に通報するからな。」と言われた。甲は,すぐに警察が来るのではないかと不安になり,やむなく,本件帳簿を廃棄しようと考えた。甲は,自宅近くの漁港に,沖合に突き出した立入禁止の防波堤が設けられており,そこに空の小型ドラム缶が置かれていることを思い出し,そのドラム缶に火をつけた本件帳簿を投入すれば,確実に本件帳簿を焼却できると考えた。そこで,甲は,同日深夜,本件段ボール箱を持って上記防波堤に行き,本件帳簿にライターで火をつけて上記ドラム缶の中に投入し,その場を立ち去った。
その直後,火のついた多数の紙片が炎と風にあおられて上記ドラム缶の中から舞い上がり,周囲に飛散した。上記防波堤には,油が付着した無主物の漁網が山積みにされていたところ,上記紙片が接触したことにより同漁網が燃え上がり,たまたま近くで夜釣りをしていた5名の釣り人が発生した煙に包まれ,その1人が同防波堤に駐車していた原動機付自転車に延焼するおそれも生じた。なお,上記防波堤は,釣り人に人気の場所であり,普段から釣り人が立ち入ることがあったが,甲は,そのことを知らず,本件帳簿に火をつけたときも,周囲が暗かったため,上記漁網,上記原動機付自転車及び上記釣り人5名の存在をいずれも認識していなかった。
3 甲は,妻乙(45歳)と2人で生活していたところ,乙と相談の上,入院していたXを退院させ,自宅で数か月間,その介護を行っていたが,自力で移動できず回復の見込みもないXは,同月25日から,甲及び乙に対して,しばしば「死にたい。もう殺してくれ。」と言うようになった。甲は,Xが本心から死を望んでいると思い,その都度Xをなだめていた。しかし,Xは本心では死を望んでおらず,乙もXの普段の態度から,Xの真意を認識していた。
乙は,同月30日,甲の外出中,Xの介護に疲れ果てたことから,Xを殺害しようと決意し,Xの居室に行き,「もう限界です。」と言ってXの首に両手を掛けた。これに対し,Xは,乙に「あれはうそだ。やめてくれ。」と言ったが,乙は,それに構わず,殺意をもって,両手でXの首を強く絞め付け,Xは失神した。乙は,その後も,Xの首を絞め続け,その結果,Xは窒息死した。
甲は,Xが失神した直後に帰宅し,乙がXの首を絞めているのを目撃したが,それまでのXの言動から,Xが乙に自己の殺害を頼み,乙がこれに応じてXを殺害することにしたのだと思った。甲は,Xが望んでいるのであれば,そのまま死なせてやろうと考え,乙を制止せずにその場から立ち去った。乙は,その間,甲が帰宅したことに気付いていなかった。
仮に,甲が目撃した時点で,直ちに乙の犯行を止めてXの救命治療を要請していれば,Xを救命できたことは確実であった。また,甲が乙に声を掛けたり,乙の両手をXの首から引き離そうとしたりするなど,甲にとって容易に採り得る措置を講じた場合には,乙の犯行を直ちに止めることができた可能性は高かったが,確実とまではいえなかった。
【メモ】
●自己評価:B(実際B)
●自救行為の記載も求められていたらしいが、現場では、むしろセンスが悪いと書かないはず。脱税の証拠取戻しで自救って…ということ。
●「不作為による関与」とあり、必ずしも幇助でなくとも良かった模様。大丈夫だった模様。当然。
●幇助とする場合、不作為による幇助。片面的幇助。が問題となった。
【答案例】
第1 甲の罪責
1.本件段ボールの持ち出し行為(235条)
(1)Yの占有を排除し、自己の占有に移しており「窃取」している。
(2)しかし、本件段ボールは、甲の所有物である。そこで、そのような場合も「他人の物」にあたるか、窃盗罪の保護法益が問題となる。
ア.●
イ.あ:あたる。
(3)もっとも、本件段ボールは脱税の証拠である。そこで、そのような物も「財物」にあたるか。
ア.●
イ.あ:あたる。
(4)以上より、甲には窃盗罪が成立する。
2.本件帳簿に火をつけた行為(110条2項)
(1)本件帳簿は、甲所有の「前二条に規定する物以外の物」(110条1項・2項)に当たる。
(2)また、甲が火をつけたことにより、独立して燃焼しうる状態に達しており、「焼損」したにあたる。
(3)更に、燃え上がり、延焼のおそれを生じさせており、不特定多数人をして、その生命・身体・財産に危険を感じせしめるに相当な状態が生じているから、「公共の危険」が発生している。
(4)しかし、甲は、漁網・原動機付自転車・釣り人5名の存在を認識していない。そこで、公共の危険につき認識を要するか、問題となる。
ア.●
イ.あ:認識していないことは犯罪の成否に影響しない。
3.乙の殺害現場から立ち去った行為
(1)後述の通り、乙には・・・に対する殺人罪(199条)が成立するが、その現場から甲が立ち去ったことにより、人を「殺した」と言えるのか、199条が作為形式で規定されているため、不真正不作為犯の成否が問題となる。
ア.●(●民法730条も)
イ.あ:あたる。
(2)・・・なので、もし・・・なら、十中八九助かっていたのであるから、因果関係も認められる。
(3)そして、・・・を死亡させている。●検討「人」とこれ必要?
(4)もっとも、甲は・・・が自己の殺害を望んでいると認識しており、嘱託殺人(202条後段)の意思であることから、重い殺人罪には問えない(38条2項)。では、前者には問えるか、いわゆる抽象的事実の錯誤の規律が問題となる。
ア.●
イ.あ:202条後段
(5)以上より、甲には承諾殺人罪(202条前段)が成立する。
4.以上より、甲には窃盗罪(235条)、建造物等以外放火罪(110条2項)、及び嘱託殺人罪(202条後段)が成立し、併合罪(45条)となる。
第2 乙の罪責
乙は、Xが真意では死を望んでいないことを認識しながら、Xを扼殺していることから、殺人罪(199条)が成立する。
以上