憲法(R1)
【問題文】
次の文章を読んで,後記の〔設問〕に答えなさい。
甲市は,農業や農産品の加工を主産業とする小さな町である。近年,同市ではこれらの産業に
従事する外国人が急増しているが,そのほとんどはA国出身の者である。甲市立乙中学校は,A国
民の集住地区を学区としており,小規模校であることもあって生徒の4分の1がA国民となってい
る。A国民のほとんどはB教という宗教の信者である。
XはA国民の女性であり,乙中学校を卒業し,甲市内の農産品加工工場で働いている。Xの親
もA国民であり,Xと同じ工場に勤務している。この両名(以下「Xら」という。)は熱心なB教
徒であり,その戒律を忠実に守り,礼拝も欠かさない。B教の戒律によれば,女性は家庭内以外に
おいては,顔面や手など一部を除き,肌や髪を露出し,あるいは体型がはっきり分かるような服装
をしてはならない。これはB教における重要な戒律であるとされている。
ところで,Xが工場に勤務するようになった経緯として,次のようなことがあった。Xらは,
Xの中学校入学当初より毎年,保健体育科目のうち水泳については,戒律との関係で水着(学校指
定のものはもちろん,肌の露出を最小限にしたものも含む。)を着用することができず参加できな
いので,プールサイドでの見学及びレポートの提出という代替措置をとるように要望していた。な
お,Xは,水泳以外の保健体育の授業及びその他の学校生活については,服装に関して特例が認め
られた上で他の生徒と同様に参加している。
しかし,乙中学校の校長は,検討の上,水泳の授業については,代替措置を一切とらないこと
とした。その理由として,まず,信仰に配慮して代替措置をとることは教育の中立性に反するおそ
れがあり,また,代替措置の要望が真に信仰を理由とするものなのかどうかの判断が困難であると
した。さらに,上記のように,乙中学校の生徒にはB教徒も相当割合含まれているところ,戒律と
の関係で葛藤を抱きつつも水泳授業に参加している女子生徒もおり,校長は,Xらの要望に応える
ことはその意味でも公平性を欠くし,仮にXらの要望に応えるとすると,他のB教徒の女子生徒も
次々に同様の要望を行う可能性が高く,それにも応えるとすれば,見学者が増える一方で水泳実技
への参加者が減少して水泳授業の実施や成績評価に支障が生じるおそれがあるとも述べた。
Xは,3年間の中学校在籍中に行われた水泳の授業には参加しなかったが,自主的に見学をして
レポートを提出していた。担当教員はこれを受領したものの,成績評価の際には考慮しなかった。
調査書(一般に「内申書」と呼ばれるもの)における3年間の保健体育の評定はいずれも,5段階
評価で低い方から2段階目の「2」であった。Xは運動を比較的得意としているため,こうした低
評価には上記の不参加が影響していることは明らかであり,学校側もそのような説明を行っている。
Xは近隣の県立高校への進学を希望していたが,入学試験において調査書の低評価により合格最低
点に僅かに及ばず不合格となり,経済的な事情もあって私立高校に進学することもできず,冒頭に
述べたとおり就労の道を選んだ。客観的に見て,保健体育科目で上記の要望が受け入れられていれ
ば,Xは志望の県立高校に合格することができたと考えられる。
Xは,戒律に従っただけであるのに中学校からこのような評価を受けたことに不満を持っており,
法的措置をとろうと考えている。
〔設問〕
必要に応じて対立する見解にも触れつつ,この事例に含まれる憲法上の問題を論じなさい。
なお,Xらに永住資格はないが,適法に滞在しているものとする。また,学習指導要領上,水泳
実技は中学校の各学年につき必修とされているものとする。
【メモ】
●教育を受ける権利までは書けない。言及するぐらい。
●人権享有主体性(外国人・未成年者)についても同様。
【答案例】
第1 戒律を守るための不作為として、水泳授業不参加の自由(20条1項前段)は、20条1項により保障される。
第2 侵害:代替措置を採らないことによる。
第3 もっとも信教の自由も絶対無制約ではなく、公共の福祉(12条、13条等)による制限を受ける。
(1)権利の重要性(信教の自由、「重要な戒律」)
(2)規制態様(「2」という低評価(cf.原級留置・退学)に留まるものの、最終的には高校の合否に影響する点において、強度なもの)
そこで、①目的が必要不可欠であり、かつ②その手段が必要最小限であることを要すると解される。
第4 本問の制約の合憲性
1.①目的
(1)校長は、代替措置を採らない理由として、教育の中立性の維持、即ち政教分離を目的としていると主張している。
●政教分離
しかし、Xに水泳の授業を免除したからといって、その目的が宗教的意義を有しない以上、また学校での授業免除がB教への援助・助長ひいては他の宗教への圧迫・干渉になるとは到底考えられない。
(2)また、校長は、代替措置の要望が真に宗教上の理由なのか判別困難であること、即ち虚偽の授業回避を防止することを理由としている。
しかし、例えば「原因不明だが頭痛がする」等の理由が申告されれば、仮に診断書等がなくとも授業回避は事実上認めざるを得ないのが現実であり、かかる回避の防止に大きな必要性は認められない。
(3)さらに、校長は、他のB教徒の女子生徒との公平を理由としている。
しかし、葛藤を抱きつつ水泳の授業に参加している生徒側の人権侵害の可能性をこそ検証する必要があるのであり、かかる理由は本末転倒である。よって、その必要性は認められない。
(4)最後に、校長は、代替措置を認めると、見学者の増加により、水泳の授業の実施や成績評価に支障が生じることを理由としている。
しかし、重要なのは、水泳の授業により何を達成するかであり、それが例えば心肺機能向上なのであれば、長距離走当の代替措置を採ることも可能であり、それを通じて成績評価をすることも可能である。よって、その必要性は認められない。
(5)以上より、校長の挙げる目的は、いずれも必要不可欠とは言えない。
2.②手段
目的が必要不可欠ではない以上、その手段たる代替措置の不採用についても、必要最小限とは言えないことは明白である。
3.結論
以上より、校長の代替措置不採用は、憲法20条1項前段に反し、違憲である。
以上