(民事)法律実務基礎科目(R2)
【問題文】
司法試験予備試験用法文を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。ただし,登記上の利害関係を有する第三者に対する承諾請求権(不動産登記法第68条参照)を検討する必要はない。
なお,解答に当たっては,文中において特定されている日時にかかわらず,試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
〔設問1〕
弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。
【Xの相談内容】
「私(X)はZ県の出身ですが,大学卒業後は仕事の都合でZ県を離れていました。近年,定年退職の時期が迫り,老後は故郷に戻りたいと考え,自宅を建築するためにZ県内で手頃な土地を探していたところ,甲土地の所有者であるAが甲土地を売りに出していることを知り,立地も良かったことから,甲土地を買うことにしました。
私は,令和2年5月1日,Aから,売買代金500万円,売買代金の支払時期及び所有権移転登記の時期をいずれも同月20日とし,代金の完済時に所有権が移転するとの約定で甲土地を買い受け,同月20日に売買代金を支払いました。なお,所有権移転登記については,甲土地の付近に居住し,料亭を営む私の兄のBを名義人とした方が都合がよいと考え,AやBと相談の上,B名義で所有権移転登記を経由することにしました。
ところが,甲土地の購入後,私は,引き続き勤務先で再雇用されることになり,甲土地上に自宅を建築するのを見合わせることにしました。すると,令和7年7月上旬頃,甲土地の隣地に住むCから,甲土地を使わないのであれば1000万円で買い受けたいとの申出があり,諸経費の負担を考慮しても相当のもうけがでることから,甲土地をCに売ることにしました。
私は,早速,Cに甲土地を売却する準備にとりかかり,甲土地の登記事項証明書を取り寄せました。すると,原因を令和2年8月1日金銭消費貸借同日設定,債権額を600万円,債務者をB,抵当権者をYとする別紙登記目録(略)記載の抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)がされていることが判明しました。
私は,慌ててBに確認したところ,Bは,経営する料亭の資金繰りが悪化したことから,令和2年8月1日,友人のYから,返済期限を同年12月1日,無利息で,600万円の融資を受けるとともに,甲土地に抵当権を設定したが,返済が滞っているとのことでした。
以上のとおり,甲土地の所有者は私であり,本件抵当権設定登記は所有者である私に無断でされた無効なものですので,Yに対し,本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求めたいと考えています。なお,Bは,甲土地の所有権名義を私に戻すことを確約していますし,兄弟間で訴訟まではしたくありませんので,今回は,Yだけを被告としてください。」
弁護士Pは,令和8年1月15日,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対し,本件抵当権設定登記の抹消登記を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することにした。
以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 弁護士Pが,本件訴訟において,Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記載しなさい。
(2) 弁護士Pが,本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において記載すべき請求の趣旨(民事訴訟法第133条第2項第2号)を記載しなさい。なお,付随的申立てについては,考慮する必要はない。
(3) 弁護士Pは,本件訴状において,仮執行宣言の申立て(民事訴訟法第259条第1項)をしなかった。その理由を,民事執行法の関係する条文に言及しつつ,簡潔に説明しなさい。
(4) 弁護士Pは,本件訴状において,請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として,以下の各事実を主張した。
(あ) Aは,令和2年5月1日当時,甲土地を所有していた。
(い) Aは,〔①〕。
(う) 甲土地について,〔②〕。
上記①及び②に入る具体的事実を,それぞれ記載しなさい。
〔設問2〕
弁護士Qは,本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。
【Yの相談内容】
「(a) 私(Y)は,Bの友人です。私は,令和2年7月下旬頃,Bから,Bが経営する料亭の資金繰りに困っているとして,600万円を貸してほしいと頼まれました。私は,他ならぬBの頼みではありましたが,金額も金額なので,誰かに保証人になってもらうか,担保を入れてほしいと告げました。すると,Bは,令和2年5月1日に所有者であるAから売買代金500万円で甲土地を買っており,甲土地を担保に入れても構わないと述べたため,私は,貸付けに応じることにしました。私は,令和2年8月1日,Bに対し,返済期限を同年12月1日,無利息で600万円を貸し付け,同年8月1日,Bとの間で,この貸金債権を被担保債権として,甲土地に抵当権を設定するとの合意をしました。ところが,Bは,令和4年12月1日に100万円を返済し,令和7年12月25日に200万円を返済したのみで,それ以外の返済をしません。
Xは,Xが令和2年5月1日にAから甲土地を買ったと主張していますが,同日にAから甲土地を買ったのはXではなくBであり,私は,所有者であるBとの間で甲土地に抵当権を設定するとの合意をし,その合意に基づき本件抵当権設定登記を経由したのですから,正当な抵当権者であり,本件抵当権設定登記を抹消する必要はありません。
(b) 仮にXが主張するとおり,BではなくXが甲土地の買主であったとしても,Bは,令和2年8月1日の貸付けの際,甲土地の登記事項証明書を持参しており,私が確認すると,確かにBが甲土地の所有名義人となっていましたので,私は,Bが甲土地の所有者であると信じ,上記(a)で述べたとおり,Bに対して600万円を貸し付け,抵当権の設定を受けたのです。仮にXが甲土地の買主であったとしても,Xの意思でB名義の所有権移転登記がされたことは明らかですので,今回の責任はXにあることになります。私は,本件抵当権設定登記の抹消に応じる必要はないと思います。」
弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提に,Yの訴訟代理人として,本件訴訟の答弁書(以下「本件答弁書」という。)を作成した。
以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) ①弁護士Qは,【Yの相談内容】(a)の言い分を本件訴訟における抗弁として主張すべきか否か,その結論を記載しなさい。②抗弁として主張する場合には,どのような抗弁を主張するか,その結論を記載し(当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。),抗弁として主張しない場合は,その理由を説明しなさい。
(2) 弁護士Qは,【Yの相談内容】(b)を踏まえて,本件答弁書において,抗弁として,以下の各事実を主張した。
(ア) Yは,Bに対し,令和2年8月1日,弁済期を同年12月1日として,600万円を貸し付けた。
(イ) BとYは,令和2年8月1日,Bの(ア)の債務を担保するため,甲土地に抵当権を設定するとの合意をした(以下「本件抵当権設定契約」という。)。
(ウ) 本件抵当権設定契約当時,〔①〕。
(エ) (ウ)は,Xの意思に基づくものであった。
(オ) Yは,本件抵当権設定契約当時,〔②〕。
(カ) 本件抵当権設定登記は,本件抵当権設定契約に基づく。
(i) 上記①及び②に入る具体的事実を,それぞれ記載しなさい。
(ii) 弁護士Qが,本件答弁書において,【Yの相談内容】(b)に関する抗弁を主張するために,上記(ア)の事実を主張した理由を簡潔に説明しなさい。
〔設問3〕
弁護士Pは,準備書面において,本件答弁書で主張された【Yの相談内容】(b)に関する抗弁に対し,民法第166条第1項第1号による消滅時効の再抗弁を主張した。
弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提として,二つの再々抗弁を検討したところ,そのうちの一方については主張自体失当であると考え,もう一方のみを準備書面において主張することとした。
以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 弁護士Qとして主張することとした再々抗弁の内容を簡潔に説明しなさい。
(2) 弁護士Qが再々抗弁として主張自体失当であると考えた主張について,主張自体失当と考えた理由を説明しなさい。
〔設問4〕
Yに対する訴訟は,審理の結果,Xが敗訴した。すると,Bは,自分が甲土地の買主であると主張して,Xへの所有権移転登記手続を拒むようになった。そこで,弁護士Pは,Xの訴訟代理人として,Bに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権を訴訟物として,真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記を求める訴訟(以下「本件第2訴訟」という。)を提起した。
第1回口頭弁論期日で,Bは,Aが令和2年5月1日当時甲土地を所有していたことは認めたが,AがXに対して甲土地を売ったことは否認し,自分がAから甲土地を買ったと主張した。
その後,第1回弁論準備手続期日で,弁護士Pは,書証として令和2年5月20日にAの銀行預金口座に宛てて500万円が送金された旨が記載されたX名義の銀行預金口座の通帳(本件預金通帳)及び甲土地の令和3年分から令和7年分までのBを名宛人とする固定資産税の領収書(本件領収書)を提出し,いずれも取り調べられ,Bはいずれも成立の真正を認めた。
その後,2回の弁論準備手続期日を経た後,第2回口頭弁論期日において,本人尋問が実施され,Xは次の【Xの供述内容】のとおり,Bは次の【Bの供述内容】のとおり,それぞれ供述した。
【Xの供述内容】
「私はZ県の出身ですが,大学卒業後は仕事の都合でZ県を離れていました。近年,定年退職の時期が迫り,老後は故郷に戻りたいと考え,自宅を建築するためにZ県内で手頃な土地を探していたところ,甲土地の所有者であるAが甲土地を売りに出していることを知り,立地も良かったことから,甲土地を買うことにし,Aとの間で,売買代金額の交渉を始めました。最初は,私が400万円を主張し,Aが600万円を主張していましたが,お互い歩み寄り,代金を500万円とすることで折り合いがつきました。
私は,令和2年5月1日,兄のBと共にA宅を訪れ,Aと私は,口頭で,私がAから売買代金500万円で甲土地を買い受けることに合意しました。所有権移転登記については,甲土地の付近に居住し,料亭を営み地元でも顔が広いBを所有名義人とした方が,建物建築のための地元の金融機関からの融資が円滑に進むだろうと考え,AやBの了解を得て,B名義で所有権移転登記を経由することにしました。私は,同月20日,私の銀行口座からAの銀行口座に500万円を送金して,売買代金をAに支払いました。ところが,甲土地の購入後,私は,引き続き勤務先で再雇用されることになったため,甲土地上に自宅を建築するのを見合わせることにし,甲土地は更地のままになり,金融機関から融資を受けることもありませんでした。
甲土地は,私の所有ですので,令和3年分から令和7年分までその固定資産税は私が負担しています。甲土地は,登記上は,Bが所有者であり,Bに固定資産税の納付書が届くので,私は,Bから納付書をもらって固定資産税を納付していました。」
【Bの供述内容】
「私は,Z県内の自己所有の建物で妻子と共に生活をしています。甲土地は,当初は,定年退職の時期が迫り,老後は故郷に戻りたいと考えたXが,自宅を建てるために購入しようと,Aとの間で代金額の交渉をしていました。しかし,Xは,令和2年の正月,やはり老後も都会で生活したいと考えるようになったので,甲土地の購入はやめようと思う,ただ甲土地は良い物件であるし,Aも甲土地を売りたがっていると述べて,私に甲土地を購入しないかと打診してきました。
私は,早速甲土地を見に行ったところ,立地もよく,XとAとの間でまとまっていた500万円という代金額も安く感じられたことから,私がAから甲土地を買うことにしました。
もっとも,令和元年末に私の料亭が食中毒を出してしまい,客足が遠のいており,私自身が甲土地の売買代金をすぐに工面することはできなかったことから,差し当たり,Xに立て替えてもらうことになりました。もちろん,私は,資金繰りがつき次第Xに同額を返還するつもりでしたが,なかなか料亭の売上げが回復せず,Xに立替金を返還することができないまま,今日に至ってしまいました。このことは大変申し訳ないと思っています。
所有権移転登記の名義が私であることからも,私が甲土地の所有者であることは明らかです。なお,甲土地の固定資産税は,私が支払っていると思いますが,税金関係は妻に任せており,詳しくは分かりません。」
以上を前提に,以下の問いに答えなさい。
弁護士Pは,本件第2訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。その準備書面において,弁護士Pは,前記の提出された各書証並びに前記【Xの供述内容】及び【Bの供述内容】と同内容のX及びBの本人尋問における供述に基づいて,XがAから甲土地を買った事実が認められることにつき,主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて,上記準備書面に記載すべき内容を,提出された各書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。
【メモ】
●
【答案例】
第1 設問1
1.小問(1)
所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権 1個
2.小問(2)
被告は、甲土地について本件抵当権設定登記の抹消登記手続きをせよ。●理解:所有権に基づく場合、登記原因の記載は不要。
3.小問(3)
登記手続請求は、意思表示を求めるものであり、具体的な執行はない。
また、仮執行宣言は、未確定の終局判決について行われる。それに対し、意思表示の擬制(民執法177条1項本文)は、確定した場合に限られる。●検討:「民執法63条1項参照」(O島)
よって、判決未確定では認められないため。
4.小問(4) ●認識:「代金」はあっても良いが。ミニマムがベスト。ない方が多数派。だろう。
①Xに対し、令和2年5月1日、甲土地を500万円で売った。
②被告名義の本件抵当権設定登記が存在する。
第2 設問2
1.小問(1)
(1)①
すべきではない。
(2)②
Xは、令和2年5月1日、XがAから甲土地を購入したと主張している。
それに対し、Yは、同日、BがAから甲土地を購入したと主張している。その点において、上記請求原因事実と両立しない主張である。
よって、否認である。
2.小問(2)●理解:抵当権登記保持権限の抗弁
(1)(i)
①甲土地について、B名義の所有権移転登記が存在した。
②甲土地がB所有に属さないことを知らなかった。 ●認識:甲土地がXの所有に属することを、ではない。そこまで知らないと善意になるとすると、ほぼ善意になるから。だろう。
(2)(ii)
抵当権は、主債務を担保する(民法369条)ため、付従性がある。よって、抵当権設定契約が有効に成立するためには、被担保債権の発生原因事実を主張する必要がある。
第3 設問3
1.小問(1)
令和4年12月1日の100万円の弁済は、承認(民法152条1項)。それに基づく時効の更新。
2.小問(2)●理解:主張自体失当の2種類:①典型例、②いわゆる「最後が〇(争いがない)」の例(本問)byO島
令和7年12月25日の200万円の弁済により、主債務者たるBは、信義則(民法1条2項)上、時効援用権を行使できない。
しかし、信義則の性質上、物上保証人が、行使できなくなるわけではない。
よって、主張自体失当となる。
●認識:当事者に争いのない令和4年12月1日弁済が再々々抗弁(●確認:になるのか?自己に不利だが。)として主張されると、そこから5年以内に訴え提起していることから、無意味となる。●認識:過剰主張(aプラスbか?)か?
第4 設問4 ●理解:如何なる証拠に基づき、いかなる事実が認定されるか。を書く。
1.
500万円の送金記録
・その時間的近接性から、売買代金と推認できる。
・原則買主が払うもの。
⇔それに対し、Bは、立て替えを主張するが、金額に比し弁済等についての契約書がないことや、全く弁済がないのは不自然。等
2.
固定資産税の領収書
・所有者が払うもの。Xが持っていて提出した。買主・所有者だから。
⇔Bの主張は曖昧。商売をしていて税金について無関心とは考え難い。等
3.主張つぶし
B名義の登記はある。しかし、Bに購入動機がない。Xには…という動機があり、それは合理的。等
よって、登記名義は、上記1・2の認定を覆すものではない。
4.以上より、XがAから甲土地を買った事実が認められる。
以上