(民事)法律実務基礎科目(H24)

【問題文】

司法試験予備試験用法文及び本問末尾添付の資料を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。なお,以下の〔設問1〕から〔設問3〕では,甲建物の賃貸借契約に関する平成23年5月分以降の賃料及び賃料相当損害金については考慮する必要はない。
〔設問1〕
 別紙【Xの相談内容】を前提に,弁護士Pは,平成23年11月1日,Xの訴訟代理人として,Yに対し,賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権を訴訟物として,甲建物の明渡しを求める訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。そして,弁護士Pは,その訴状において,請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として,次の各事実を主張した(なお,これらの事実は,請求を理由づける事実として適切なものであると考えてよい。)。
 ① Xは,Yに対し,平成20年6月25日,甲建物を次の約定で賃貸し,同年7月1日,これに基づいて甲建物を引き渡したとの事実
   賃貸期間 平成20年7月1日から5年間
   賃料 月額20万円
   賃料支払方法 毎月末日に翌月分を支払う
 ② 平成22年10月から平成23年3月の各末日は経過したとの事実
 ③ Xは,Yに対し,平成23年4月14日,平成22年11月分から平成23年4月分の賃料の支払を催告し,同月28日は経過したとの事実
 ④ Xは,Yに対し,平成23年7月1日,①の契約を解除するとの意思表示をしたとの事実
 上記各事実が記載された訴状の副本の送達を受けたYは,弁護士Qに相談をし,同弁護士はYの訴訟代理人として本件を受任することになった。別紙【Yの相談内容】は,弁護士QがYから受けた相談の内容を記載したものである。これを前提に,以下の各問いに答えなさい。なお,別紙【Xの言い分】を考慮する必要はない。
(1) 別紙【Yの相談内容】の第3段落目の主張を前提とした場合,弁護士Qは,適切な抗弁事実として,次の各事実を主張することになると考えられる。
 ⑤ Yは,平成22年10月頃,甲建物の屋根の雨漏りを修理したとの事実
 ⑥ Yは,同月20日,⑤の費用として150万円を支出したとの事実
 ⑦ Yは,Xに対し,平成23年6月2日頃,⑤及び⑥に基づく債権と本件未払賃料債権とを相殺するとの意思表示をしたとの事実
 上記⑤から⑦までの各事実について,抗弁事実としてそれらの事実を主張する必要があり,かつ,これで足りると考えられる理由を,実体法の定める要件や当該要件についての主張・立証責任の所在に留意しつつ説明しなさい。
(2) 別紙【Yの相談内容】を前提とした場合,弁護士Qは,上記(1)の抗弁以外に,どのような抗弁を主張することになると考えられるか。当該抗弁の内容を端的に記載しなさい(なお,当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。)。

〔設問2〕
本件訴えにおいて,弁護士Qは,別紙【Yの相談内容】を前提として,〔設問1〕のとおりの各抗弁を適切に主張するとともに,甲建物の屋根修理工事に要した費用についての証拠として,次のような本件領収証(斜体部分はすべて手書きである。)を,丙川三郎作成にかかるものとして裁判所に提出した。これを受けて弁護士PがXと打合せを行ったところ,Xは,別紙【Xの言い分】に記載したとおりの言い分を述べた。そこで,弁護士Pは,本件領収証の成立の真正について「否認する」との陳述をした。
 この場合,裁判所は,本件領収証の成立の真正についての判断を行う前提として,弁護士Pに対して,更にどのような事項を確認すべきか。結論とその理由を説明しなさい。
平成22 年10 月20 日
領 収 証
150万
但し 屋根修理代金として
○○建装 丙川三郎

〔設問3〕
本件訴えでは,〔設問1〕のとおりの請求を理由づける事実と各抗弁に係る抗弁事実が適切に主張されたのに加えて,Xから,別紙【Xの言い分】に記載された事実が主張された。これに対して,Yは,Xが30万円を修理費用として支払ったとの事実(⑧)を否認した。そこで,⑥から⑧の各事実の有無に関する証拠調べが行われたところ,裁判所は,⑥の事実については,Yが甲建物の屋根の修理費用として実際に150万円を支払い,その金額は相当なものである,⑦の事実については,相殺の意思表示はXによる本件契約の解除の意思表示の後に行われた,⑧の事実については,XはYに屋根の修理費用の一部として30万円を支払ったとの心証を形成するに至った。
 以上の主張及び裁判所の判断を前提とした場合,裁判所は,判決主文において,どのような内容の判断をすることになるか。結論とその理由を簡潔に記載しなさい。

 以下の設問では,〔設問1〕から〔設問3〕までの事例とは関係がないものとして解答しなさい。
〔設問4〕
 弁護士Aは,弁護士Bを含む4名の弁護士とともに共同法律事務所で執務をしているが,弁護士Bから,その顧問先であり経営状況が厳しいR株式会社について,複数の倒産手続に関する意見を求められ,その際に資金繰りの状況からR株式会社の倒産は避けられない情勢であることを知った。
 これを前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 弁護士Aは,義父Sから,その経営するT株式会社がR株式会社と共同で事業を行うに当たり,R株式会社が事業資金を借り入れることについてT株式会社が保証することに関する契約書の検討を依頼された。この場合において,弁護士Aが,義父SにR株式会社の経営状況を説明して保証契約を回避するよう助言することに弁護士倫理上の問題はあるか。結論とその理由を簡潔に記載しなさい。
(2) Aは,義父Sの跡を継ぎ,会社経営に専念するため弁護士登録を取り消してT株式会社の代表取締役に就任したが,その後,R株式会社から共同事業を行うことを求められるとともに,R株式会社が事業資金を借り入れることについてT株式会社が保証することを求められた。この場合において,Aが,R株式会社の経営状況と倒産が避けられない情勢であることをT株式会社の取締役会において発言することに弁護士倫理上の問題はあるか。結論とその理由を簡潔に記載しなさい。

(別 紙)
【Xの相談内容】
 私は,平成20年6月25日,Yに対し,私所有の甲建物を,賃料月額20万円,毎月末日に翌月分払い,期間は同年7月1日から5年間の約束で賃貸し(以下「本件契約」といいます。),同日,甲建物を引き渡しました。
 Yは,平成22年10月分の賃料までは,月によっては遅れることもあったものの,一応,順調に支払っていたのですが,同年11月分以降は,お金がないなどと言って,賃料を支払わなくなりました。
 私は,Yの亡父が私の古くからの友人であったこともあって,あまり厳しく請求することは控えていたのですが,平成23年3月末日になっても支払がなかったことから,しびれを切らし,同年4月14日,Yに対し,平成22年11月分から平成23年4月分までの未払賃料合計120万円(以下「本件未払賃料」といいます。)を2週間以内に支払うよう求めましたが,Yは一向に支払おうとしません。
 そこで,私は,本件未払賃料の支払等に関してYと話し合うことを諦め,Yに対し,平成23年7月1日,賃料不払を理由に,本件契約を解除して,甲建物の明渡しを求めました。このように,本件契約は終わっているのですから,Yには,一日も早く甲建物を明け渡してほしいと思います。なお,Yは,甲建物を修理したので,その修理費用と本件未払賃料とを対当額で相殺したとか,甲建物の修理費用を支払うまでは甲建物を明け渡さない等と言って,明渡しを拒否しています。Yが甲建物の屋根を修理していたこと自体は認めますが,甲建物はそれほど古いものではありませんので,Yが言うほどの高額の費用が掛かったとは到底思えません。また,Yは,私に対して相殺の意思表示をしたなどと言っていますが,Yから相殺の話が出たのは,同年7月1日に私が解除の意思表示をした後のことです。

【Yの相談内容】
 X所有の甲建物に関する本件契約の内容や,賃料の未払状況及び賃料支払の催告や解除の意思表示があったことは,Xの言うとおりです。
 しかし,私は甲建物を明け渡すつもりはありませんし,そのような義務もないと思います。
 甲建物は,昭和50年代の後半に建てられたもののようですが,屋根が傷んできていたようで,平成22年8月に大雨が降った際に,かなりひどい雨漏りがありました。それ以降も,雨が降るたびに雨漏りがひどいので,Xに対して修理の依頼をしたのですが,Xは,そちらで何とかしてほしいと言うばかりで,修理をしてくれませんでした。そこで,私は,同年10月頃,仕方なく,自分で150万円の費用を負担して,業者の丙川三郎さんに修理をしてもらったのです。この費用は,同月20日に私が丙川さんに支払い,その場で丙川さんに領収証(以下「本件領収証」といいます。)を書いてもらいました。しかし,これは,本来,私が支払わなければならないものではないので,その分を回収するために,私は平成22年11月分以降の賃料の支払をしなかっただけなのです。ところが,Xは,図図しくも,平成23年4月になって未払分の賃料の支払を求めてきたものですから,しばらく無視していたものの,余りにもうるさいので,最終的には,知人のアドバイスを受けて,同年6月2日頃,Xに対し,甲建物の修理費用と本件未払賃料とを相殺すると言ってやりました。
 また,万が一相殺が認められなかったとしても,私は,Xが甲建物の修理費用を払ってくれるまでは,甲建物を明け渡すつもりはありません。

【Xの言い分】
 甲建物はそれほど老朽化しているというわけでもないのですから,雨漏りの修理に150万円も掛かったとは考えられません。Yは修理をしたと言いながら,本件訴えの提起までの間に,私に対し,修理に関する資料を見せたこともありませんでした。そこで,実際に,知り合いの業者に尋ねてみたところ,雨漏りの修理程度であれば,せいぜい,30万円くらいのものだと言っていました。そこで,私は,Yとの紛争を早く解決させたいとの思いから,平成23年8月10日,Yに対して,修理費用として30万円を支払っています。
 本件訴訟に至って初めて本件領収証の存在を知りましたが,丙川さんは評判の良い業者さんで,30万円程度の工事をして150万円もの請求をするような人ではありません。したがって,本件領収証は,Yが勝手に作成したものだと思います。
 いずれにせよ,Yの主張には理由がないと思います。

【メモ】

●時系列表!(実務上、確定している事実と未確定の事実とを峻別することが重要)
●ブロックダイヤグラム!?
●筆跡鑑定関係なし。●検討
●「正当な理由」等の抽象的な要件は、一段掘り下げた要件を定立するのがベター。
●訴訟物:「賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権」

【答案例】

第1 設問1●注意:まだ当事者の相談・主張段階(裁判所の事実認定は未済)
1.小問(1)
(1)・相殺の実体法上の要件(505条1項、506条1項):①互いに、②同種目的債権、③双方弁済期(以上、505条1項本文)、(●禁止・制限の意思表示なし(505条2項も?)、④意思表示(506条1項)、⑤禁止されない(505条1項但書)。●5つ
・もっとも、上記①②③に関して、受働債権については請求原因事実に現れている。また、⑤は利益を受ける相手側が立証。cf.136条2項本文
・よって、ア.自働債権の発生原因事実・弁済期、及びイ.相殺の意思表示で必要十分。
ア.自働債権の発生原因事実(608条1項)
弁済期は直ちになので、①賃貸借契約、②基づく引渡し、③必要費の支出原因事実(弁済期は、直ちに)、④支出及びその数額
・本問において、上記①②は請求原因事実で主張されている。よって、上記③④にあたる本問⑤⑥で必要十分。
イ.そして、相殺の意思表示にあたる⑦で必要十分。●参考:(本問とは異なるが)自働債権が双務契約に基づく場合、533の障害・消滅事実も。
2.小問(2)
費用償還請求権(608条1項)を被担保債権とする留置権の抗弁(民法295条1項本文)●権利抗弁

第2 設問2
228条1項。
否認する場合には理由を述べる必要あり(規則145条)。●裁判所は釈明権(法149条)を行使。
・署名自体の真正(ひいては文書全体)か(偽造か)。
・署名は真正だが、意思を欠くということか(白紙に署名した等)。
⇒前者なら、推定(228条4項)働かず。Y側の立証が必要。●通常、前者を選択するだろう。

第3 設問3●注意:ここでは主張・言い分段階は終わり、裁判所が心証形成した段階。●注意:留置権は一部抗弁(引換給付判決がされるのみ)。相殺の抗弁から判断。なお、他に請求権があるなら、そちらが先で相殺の抗弁は後。本問とは異なるが。●検討:被告が、出て行くのは良いが、支払いはしたくない、と考えている場合はありえるが、本問では超過債権がないか。
1.結論 ●補足:引換給付判決説もあるが。これが正しいと思われる。●補足:Yの相殺主張をXに有利に認定できる。主張共通の原則(弁論主義の第1テーゼ?)。
「Yは、Xに対し、甲建物を明け渡せ。」との全部認容判決
2.理由
(1)請求原因について、Yの自白・顕著な事実等であることから、認められる。
(2)抗弁
ア.⑦:相殺の抗弁は、解除後なので、明渡し請求との関係では主張自体失当。506条2項の遡及効は、双方債務についてのみ生じる(判例)。
●認識:しかし、賃料請求との債権に対する相殺の意思表示としては有効。●訴訟物外で。
イ.⑤自白、⑥認定、権利主張あり:留置権は〇かに見えるが、主債務消滅ゆえ付従性により消滅。
(3)再抗弁
⑧認定(30万円支払い)。●上記相殺(120万円)は認められるため、必要費償還請求権消滅に伴い付従性により留置権の抗弁も消滅。

第4 設問4
1.小問(1)
(1)規程56条前段(「正当な理由」等の要件にあてはめる。●弁護士=事務所と見る(らしい)。)●基本規定たる規程23条と同趣旨●「正当な理由」は軽く規範化。
(2)あ:まず「秘密」該当性。法律に特段の定め、はなく。「正当な理由」もない。
よって、違反。法と規程に。
2.小問(2)
(1)弁護士法23条(規程56条後段ではない。)(「職務上知り得た秘密」、「別段の定めのある場合」:会社法355条は該当せず。法律上の守秘義務ある情報まで開示する義務なし。))
(2)あ:同上
よって、違反。●辞任しかない?
以上

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