憲法(R3)
【問題文】
A県B市の中心部には,江戸時代に宿場町として栄え現在もその趣を濃厚に残しているC地区があり,B市の住民DらはC地区の歴史的な環境を維持し向上させるための運動を続けてきた。その結果,C地区の看板等の7割程度が街並み全体に違和感なく溶け込んだ江戸時代風のものとなっているが,Dらはそれでもまだ不十分だと考えている。他方,C地区の整備が進み多くの観光客が訪れるようになると,観光客を目当てにして,C地区の歴史・伝統とは無関係の各種のビラが路上で頻繁に配布されるようになり,Dらは,C地区の歴史的な環境が損なわれることを心配するようになった。そこで,DらはC地区の歴史的な環境を維持し向上させるための条例の制定をB市に要望した。この要望を受けて,B市は「B市歴史的環境保護条例」案をまとめた。
条例案では,市長は,学識経験者からなるB市歴史的環境保護審議会の意見を聴いた上で,歴史的な環境を維持し向上させていくために特に規制が必要な地区を「特別規制区域」に指定することができる(C地区を特別規制区域に指定することが想定されている。)。そして,特別規制区域については,当該地区の歴史的な環境を維持し向上させていくという目的で,建造物の建築又は改築,営業活動及び表現活動などが制限されることになる。このうち表現活動に関わるものとしては,広告物掲示の原則禁止と路上での印刷物配布の原則禁止とがある。
まず第一に,特別規制区域に指定された日以降に,特別規制区域内で広告物(看板,立看板,ポスター等。表札など居住者の氏名を示すもので,規則で定める基準に適合するものを除く。)を新たに掲示することは禁止される(違反者は罰金刑に処せられる。)。しかし,市長が「特別規制区域の歴史的な環境を向上させるものと認められる」として許可を与える場合には,広告物を掲示することができる。
条例案の取りまとめに携わったB市の担当者Eによれば,この広告物規制の趣旨は,江戸時代に宿場町として栄えたC地区の歴史的な環境を維持し向上させていくためには,屋外広告物は原則として認めるべきではない,ということにある。また,Eは,「特別規制区域の歴史的な環境を向上させるものと認められる」かどうかは,当該広告物が伝えようとしているテーマ,当該広告物の形状や色などを踏まえて総合的に判断されるが,単に歴史的な環境を維持するにとどまる広告物は「向上させるもの」と認められない,と説明している。
第二に,特別規制区域内の路上での印刷物(ビラ,チラシ等)の配布は禁止される(違反者は罰金刑に処せられる。)。しかし,特別規制区域内の店舗の関係者が自己の営業を宣伝する印刷物を路上で配布することは禁止されない。これは,担当者Eの説明によれば,そのような印刷物はC地区の歴史・伝統に何らかの関わりのあるものであって,C地区の歴史的な環境を損なうとは言えないからである。
「B市歴史的環境保護条例」案のうち,表現活動を規制する部分の憲法適合性について論じなさい。なお,同条例案と屋外広告物法・屋外広告物条例,道路交通法などの他の法令との関係については論じなくてよい。
【メモ】
●自己評価:D(実際E)
【答案例】
第1 広告物掲示の禁止について
1.特別規制区域内で広告物を掲示する自由は表現の自由として保障される(21条)。
2.かかる自由が本問条例案の禁止により制約されている。
3.
(1)まず、「歴史的な環境を向上させる」は、明確性の原則に反しないか。
●基準→あ。結論:形式的正当化事由がなく、反する。
(2)次に、実質的正当化事由があるか。
この点、①様々な情報発信媒体がある現代においても、個人の知識・技能等次第では、かかる基本的な自由は依然として重要である。
②本問条例は、テーマを踏まえた判断がされる点で内容規制である。また、それを罰則により規制しており、その規制態様は重い。
そこで、本問条例案の憲法適合性については、①目的が必要不可欠で、かつ②その手段が必要最小限かにより決するのが相当と解される。
4.この点、①特別規制区域内の歴史的な環境を維持・向上させるという目的については、一旦失われれば回復が困難な時間的価値を有するものを守る点で、必要不可欠といえる。
それに対し、②その手段は、特別規制区域の歴史的な環境を向上させるか否かを市長が内容に踏み込んで審査し、それ以外の表現を原則として禁止している。また、「維持」「向上」という漠然とした概念を使用し、様々な要素を総合考慮することで、必要最小限の規制とはなっていない。
5.以上より、本問条例案は憲法に適合しない。
第2 印刷物の配布禁止について
1.特別規制区域内で印刷物を配布する自由は、表現の自由として保障される(21条)。
2.かかる自由が、本問条例案の禁止により、制限されている。
3.
(1)まず、市長が審査することは、事前抑制ではないか。
●基準→あ。結論:事前抑制に該当する。違憲。
(2)次に、実質的正当化事由があるか。
この点、①かかる自由は、前述の広告物の掲示と同様の重要性に加え、それとの比較において、場所を要しない点、及び機動的に行いうる等の点において、より重要な権利である。
②本問条例案は、店舗の関係者であれば許されることから、内容に踏み込まない中立規制ではあるが、道路と言う開かれた場所において、それを罰則をもって禁止しており、その規制態様は重い。
よって、本問条例案の権謀適合性は、①目的がやむにやまれぬもので、且つ②その手段が必要不可欠・必要最小限であることを要すると解される。
4.この点、①Eは、店舗の営業宣伝の印刷物は「C地区の歴史・伝統に何らかの関わりがある」と決めつけ、「歴史的な環境を損なうとは言えない」との説明をしている。これを実質的に理解すれば、C地区の歴史・伝統に触れること自体を規制の目的としていると理解できる。そうであるとすると、その目的は、やむにやまれるものとは言えない。
また、②仮に目的に問題がないとしても、その手段として、店舗のみを優遇し、その他に者について平等原則(14条)に反する形で広汎な規制をしており、必要不可欠・必要最小限とは言えない。
5.以上より、本問条例案は憲法に適合しない。
以上