(民事)法律実務基礎科目(H30)

【問題文】

 司法試験予備試験用法文を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。
〔設問1〕
 弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。
【Xの相談内容】
「私(X)とYは,かつて同じ大学に通っており,それ以来の知り合いです。私は,平成27年8月頃,Yから,『配偶者が病気のため,急に入院したりして,お金に困っている。他に頼める人もおらず,悪いが100万円程度を貸してくれないか。』と頼まれました。私は,会社勤めで,さほど余裕があるわけでもないので,迷いましたが,困っているYの姿を見て放っておくわけにはいかず,友人のよしみで,1年後くらいには返してもらうという前提で,Yに100万円を貸してもよいと考えました。私とYは,平成27年9月15日に会いましたが,その際,Yは,『100万円借り受けました。平成28年9月30日までに必ず返済します。』と書いた借用証書を準備しており,これを私に渡し,私も,その内容を了解して,Yに現金100万円を渡しました。なお,友人同士でもあり,利息を支払ってもらう話は出ませんでした。
 ところが,返済期限が過ぎても,Yは,一向に返済しません。私は,直ちに100万円を返してほしいですし,返済が遅れたことについての損害金も全て支払ってほしいです。
 なお,Yは,平成29年7月末頃までは会社勤めでしたが,同年8月頃から現在まで,個人で自営業をしています。Yは,現在,顧客であるAに対して80万円の売買代金債権を持っているものの,それ以外にめぼしい資産はないようです。」
 
 弁護士Pは,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対し,Xの希望する金員の支払を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することを検討することとした。
 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1)  弁護士Pは,勝訴判決を得た場合の強制執行を確実に行うために,本件訴訟に先立ってXが事前に講じておくべき法的手段を検討した。Xが採り得る法的手段を一つ挙げなさい。また,その手段を講じなかった場合に生じる問題について,その手段の有する効力に言及した上で説明しなさい。
(2)  弁護士Pが,本件訴訟において,Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記載しなさい。
(3)  弁護士Pが,本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において記載すべき請求の趣旨(民事訴訟法第133条第2項第2号)を記載しなさい。なお,付随的申立てについては,考慮する必要はない。
(4) 弁護士Pが,本件訴状において,請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として主張すると考えられる具体的事実を記載しなさい。

〔設問2〕
 弁護士Qは,本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。
【Yの相談内容】
「確かに,私(Y)は,Xが主張する時期に,借用証書を作成した上で,Xから100万円を借りたことはあります。しかし,私は,返済期限の平成28年9月30日に,全額をXに返済しました。
 平成29年に入って,私とXは,大学の同窓会の幹事を担当するようになったのですが,同年9月半ば頃に,私の発言をきっかけにXが幹事を辞任しなければならなくなり,関係が悪化してしまったのです。そのようなこともあって,Xは,突然,返したものを返していないなどと言い出したのだと思います。
 また,今回,Xから請求を受けて思い返してみたのですが,私とXが大学を卒業した直後である平成19年10月1日,私は,Xから懇願されて,気に入っていたカメラ(以下「本件カメラ」という。)を8万円で売って,同日,Xに本件カメラを渡したことがありました。その後,忙しくて,Xに催促しそびれて,お金を受け取らないまま現在に至っています。100万円を返す必要は全くないと考えていますが,万一,その主張が認められなかったとしても,少なくとも前記8万円分を支払う必要はないと思います。」

 弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提に,Yの訴訟代理人として,弁済の抗弁と相殺の抗弁を主張することとし,これらが記載された本件訴訟における答弁書(以下「本件答弁書」という。)を作成した。弁護士Qは,本件答弁書の提出に先立ち,Xに対し,Xの請求を全面的に争うとともに,8万円分の相殺の抗弁を主張する旨を詳しく記載した内容証明郵便を発送し,Xは,平成30年2月2日,弁護士Pを経由して,同内容証明郵便を受領した。
 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。なお,〔設問2〕以下においては,遅延損害金の請求やこれについての主張を考慮する必要はない。
(1)  弁護士Qは,本件答弁書に記載した弁済の抗弁につき,次の事実を主張した。
    Yは,Xに対し,〔①〕。
  上記〔①〕に入る具体的事実を記載しなさい。
(2) 弁護士Qは,本件答弁書に記載した相殺の抗弁につき,次の各事実を主張することを検討した。
ア Yは,Xに対し,平成19年10月1日,本件カメラを代金8万円で売った。
イ Yは,Xに対し,平成30年2月2日,〔②〕。
(i) 上記〔②〕に入る具体的事実を記載しなさい。
(ii) 弁護士Qとして,上記ア及びイの各事実に加えて,「Yは,Xに対し,平成19年10月1日,アの売買契約に基づき,本件カメラを引き渡した。」との事実を主張することが必要か否か。結論とその理由を述べなさい。

〔設問3〕
 弁護士Pは,相殺の抗弁に対して,下記の主張をできないか検討したが,下記の主張は認められない可能性が高いとして断念した。弁護士Pが断念した理由を説明しなさい。


YのXに対する本件カメラの売買代金債権につき,消滅時効が成立しているところ,Xは同時効を援用する。

〔設問4〕
 第1回口頭弁論期日において,本件訴状と本件答弁書が陳述され,弁護士Pは,弁済の抗弁に係る事実を否認した。第1回弁論準備手続期日において,弁護士Qは,書証として下記①及び②を提出し,いずれも取り調べられ,弁護士Pはいずれも成立の真正を認めた。


① 銀行預金口座(Y名義)から,平成28年9月28日に現金50万円,同月29日に現金50万円がそれぞれ引き出された旨が記載された預金通帳(本件通帳)
② 現在のYの住所につき,「住所を定めた日 平成29年8月31日転入」との記載がある住民票写し(本件住民票)

 その後,2回の弁論準備手続期日を経た後,第2回口頭弁論期日において,本人尋問が実施され,Xは,下記【Xの供述内容】のとおり,Yは,下記【Yの供述内容】のとおり,それぞれ供述した。
【Xの供述内容】
「今回,Yから,Yの配偶者が急な病気のため入院して,お金に困っていると泣き付かれました。私には小さい子供が2人おり,家計のやりくりは楽ではないのですが,困っているYを見捨てるわけにもいかず,お金を貸しました。
 Yから食事をおごられた記憶はあります。Yのいうとおり,平成28年9月30日だったかもしれません。ただし,その際にお金を返してもらったということは絶対にありません。
 私も色々と忙しかったので,私が初めてYにお金の返済を求めたのは,平成29年10月だったと思います。確かに,同年9月半ば頃,私は,同窓会の経理につき,他の幹事たちの面前で,Yから指摘を受けたことはありますが,私が同窓会の幹事を辞任したのは,それとは無関係の理由ですので,私がYを恨みに思っているということはありません。
 時期までは聞いていませんが,Yが引っ越しをしたことは聞いています。でも,だからといって,Yがいうように領収書を処分してしまうということは普通は考えられません。そもそも,Yは私に返済していないのですから,Yのいうような領収書が存在するわけもないのです。」

【Yの供述内容】
「私は,配偶者が急に病気になり,入院するなどしたため,一時期,お金に困り,Xに相談しました。Xは快くお金を貸してくれて,本当に助かりました。
 幸い,私の配偶者は,一時期の入院を経て元気になり,私たちは生活を立て直すことができました。
 私は,返済期限である平成28年9月30日に,Xと会って,レストランで食事をおごるとともに,前々日と前日に銀行預金口座から引き出しておいた合計100万円をXに渡しました。
 Xも私もあらかじめ書面は用意していなかったのですが,Xが,その場で自分の手帳から紙を1枚切り取って,そこに,『領収書 確かに100万円を受け取りました。』との文言と,日付と,Xの氏名を記載して,私に渡してくれました。私は,平成29年8月31日に現在の住所に引っ越したのですが,返済して1年近く経っていたこともあり,その引っ越しの際に,他の不要な書類とともに先ほど述べた領収書を処分してしまったので,今回の訴訟にこの領収書を証拠として提出していません。
 平成29年に入って,私とXは,大学の同窓会の幹事を担当するようになったのですが,同年9月半ば頃,Xが同窓会費を使い込んでいたことが判明したため,私が,他の幹事たちの面前で,その点をXに指摘し,それをきっかけにXが幹事を辞任したことがあったため,Xは,私を恨みに思っているようでした。そのようなこともあって,同年10月に,返したものを返していないなどと言い出し,請求し始めたのだと思います。」

以上を前提に,以下の問いに答えなさい。
 弁護士Qは,本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。その準備書面において,弁護士Qは,前記の提出された各書証並びに前記【Xの供述内容】及び【Yの供述内容】と同内容のX及びYの本人尋問における供述に基づいて,弁済の抗弁が認められることにつき主張を展開したいと考えている。弁護士Qにおいて,上記準備書面に記載すべき内容を答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。

【メモ】

●「民法」において「法令名省略」と。●補足:彼も推奨。●検討:刑事は刑訴法だろう。
●金銭債権の保全の場合、(仮処分ではなく)仮差押えを検討する。
●「附帯請求」は(以前は出ていなかったが今回以降は)出るが、「付随的申立て」(訴訟費用負担の裁判の申立て」・「仮執行宣言の申立て」)は出ないようだ。
●実務:附帯請求も可能ならするのが通常(民訴法9条2項参照)。仮執行宣言の申立てについては金銭債権の場合は普通。
●債権法改正の影響:債権消滅時効期間が(10年から)5年となったことに伴い、設問3の履行期の変更は必要。
●法定利率の変更もあり(5%⇒3%(2021年7月現在))
●遅延損害金の請求原因事実:①元本債権の発生原因事実、②弁済期の経過、③損害の発生及びその数額(●又はその算出方法)●③は適示不要。民法404条、419条
●確認(本問とは関係ないが、本問を端緒に):相殺において、「受」働債権の弁済期の話(放棄すれば良い)はどうなった?判例上、そのままではなくなった?
●準備書面:主張は問題文にある。①証拠として何があるか?を確認。②証拠の重要性により論述枠組み・順序(客観→主観)・軽重等を考える。③どの証拠からどの事実が認定されるのかを丁寧に論じる

【答案例】

第1 設問1
1.小問(1)
・80万円につき仮差押命令(民保法20条1項)●参照:民保法2条1項・13条1項
・第三債務者Aによる弁済禁止効(民保法50条1項、5項、民執法145条5項)。債務者には処分禁止効。●参照:民法481条1項。●補足:弁済禁止は債権特有。処分禁止は不動産等でも。
⇔譲渡・弁済・費消され、勝訴判決を得ても金銭執行(民執法143条以下)が奏功しない問題●認識:民法424条は負担。

2.小問(2)
・消費貸借契約に基づく貸金返還請求権1個(●参考:民法587条)
・履行遅滞に基づく損害賠償請求権1個(●参考:同412条1項)●「債務不履行」に基づくという抽象的な記載は☓

3.小問(3)
被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成28年10月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。●民法404、419条
【注記】令和2年4月1日から(当面)「年3分」だが、その前に成立した債権については「年5分」で良い。

4.小問(4)
(1)Xは、Yに対し、平成27年9月15日、100万円を貸し付けた
(2)XとYは、(1)に際し、履行期日を平成28年9月30日と定めた。
【注記】(1)(2)をまとめて、「Xは、Yに対し、平成27年9月15日、履行期日平成28年9月30日との約定で、100万円を貸し付けた。」等でもOK。「履行期日」は「弁済期」でもOK。「貸し付けた」は「貸し渡した」でもOK(いずれも金銭授受・返還合意を包含する表現。)。
(3)平成28年9月30日は経過した。●貸金返還請求権の要件である「到来」は、損害賠償請求権の要件である「経過」に包含されるので、纏めて。元本のみ請求するなら「到来」。●法定利率(民法419条1項本文、404条)による場合、期限の経過のみ主張すれば足りる。

第2 設問2
1.小問(1)
平成28年9月30日、XY間の消費貸借契約に基づく貸金返還債務の履行として、100万円を支払った。

2.小問(2)●留意:自働債権・受働債権の両方を特定・明示することが必須。●理解:「…をもって、…と対当額につき相殺する旨の意思表示をした。」
(1)(i)
アの(売買契約に基づく代金)債権をもって、Xの本訴請求債権(●検討:請求原因●の消費貸借契約に基づく貸金返還請求権)と対につき相殺する旨の意思表示をした。

(2)(ii)●参考:本件は双務契約なので、本問が出題された。自働債権が貸借型契約に基づく場合、履行期日(弁済期)・到来の2点を主張する必要がある。●認識:共に、いわゆる「せり上がり」
ア.結論
・必要
イ.理由
・売買契約(民法555条)は双務契約→請求原因事実により、引渡債務との同時履行の抗弁権(533条)が基礎付けられる。→(505条但書→492条により)533の存在効果を否定しておく必要がある。(●そうしなければ主張自体失当となる。)

第3 設問3(●改問:平成24年10月1日カメラ売買。●理解:新債権法では、知った時から5年(民法166条1項1号)なので、「平成24年10月1日」となり、問題不成立となるので。)
民法508条「時効によって消滅した」は、時効期間満了(時点)と解される。相殺可能性についての当事者の期待を保護する趣旨。

・平成29年10月1日の経過により、売買代金債権は消滅(旧民法167条1項)。
・貸金返還請求権の弁済期は、平成28年9月30日。その時点では相殺適状(505条1項本文)にあった。
よって、主張自体失当。

第4 設問4●留意:領収書は最重要書証であるが、ない。Yとしては、弁済の事実が他の証拠から認定される旨の主張・立証をし、最後に弁解する流れ。●理解:本件通帳が最重要。●住民票も動かし難い事実。
1.弁済
報告文書たる本件通帳により、100万円の引き出しは証明される。金額一致。
・弁済期の前日・前々日(cf.2回は+)
→大金なので弁済用と考えるのが自然。
・弁済期にXと会っている(争いなし)。
→(暫く会っていなかったこともあり?弁済が目的で会い)弁済が会ったと推認される。

2.領収書
住民票により、引っ越しは証明される
・領収書は紙片であり、かつ1年以上前
・知り合いへの弁済であり、信頼関係あり。
→処分することも不自然ではない。●認識:紛失、は主張していないので、「小さなものなので十分ありうる。」は書かない、だろう。
→前記推認を妨げない。

3.その他
・100万円もの大金の話を9月30日に出さないのは不自然。機会があった。
・同窓会の件。使い込みする程に金欠状態の者が、平成29年10月まで放置はないとも。
・弁済期から1年以上経過。弁済自体ではない、私怨と考え得る。

4.結論
弁済あり。

以上

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