刑法(H23)

【問題文】

以下の事例に基づき,甲の罪責について論じなさい。
1 甲(35歳)は,無職の妻乙(30歳)及び長女丙(3歳)と,郊外の住宅街に建てられた甲所有の木造2階建て家屋 以下 甲宅 という で生活していた 甲宅の住宅ローンの返済は ,会社員であった甲の給与収入によってなされていた しかし 甲が勤務先を解雇されたことから甲一家の収入が途絶え,ローンの返済ができず,住宅ローン会社から,甲宅に設定されていた抵当権の実行を通告された。甲は就職活動を行ったが,再就職先を見つけることができなかった。このような状況に将来を悲観した乙は,甲に対して 「生きているのが嫌になった。みんなで一緒に死にましょう 」と繰り返し言うようになったが,甲は,一家3人で心中する決意をすることができず,乙に対して,その都度「もう少し頑張ってみよう 」と答えていた。
2 ある日の夜,甲と丙が就寝した後,乙は 「丙を道連れに先に死のう 」と思い,衣装ダンスの中から甲のネクタイを取り出し,眠っている丙の首に巻き付けた上,絞め付けた。乙は,丙が身動きをしなくなったことから,丙の首を絞め付けるのをやめ,台所に行って果物ナイフを持ち出し,布団の上で自己の腹部に果物ナイフを突き刺し,そのまま横たわった。
 甲は,乙のうめき声で目を覚ましたところ,丙の首にネクタイが巻き付けられていて,乙の腹部に果物ナイフが突き刺さっていることに気が付いた。甲が乙に「どうしたんだ 」と声を掛けると,乙は,甲に対し 「ごめんなさい。私にはもうこれ以上頑張ることはできなかった。早く楽にして 」と言った。甲は 「助けを呼べば,乙が丙を殺害したことが発覚してしまう。しかし,このままだと乙が苦しむだけだ 」と考え,乙殺害を決意し,乙の首を両手で絞め付けたところ,乙が動かなくなり,うめき声も出さなくなったことから,乙が死亡したと思い,両手の力を抜いた。
3 その後,甲は 「乙が丙を殺した痕跡や,自分が乙を殺した痕跡を消してしまいたい。家を燃やせば乙や丙の遺体も燃えるので焼死したように装うことができる 」と考え,乙と丙の周囲に灯油をまき,ライターで点火した上,甲宅を離れた。その結果,甲宅は全焼し,焼け跡から乙と丙の遺体が発見された。
4 乙と丙の遺体を司法解剖した結果,両名の遺体の表皮は,熱により損傷を受けていること,乙の腹部の刺創は,主要な臓器や大血管を損傷しておらず,致命傷とはなり得ないこと,乙の死因は,頸部圧迫による窒息死ではなく,頸部圧迫による意識消失状態で多量の一酸化炭素を吸引したことによる一酸化炭素中毒死であること,丙の死因は,頸部圧迫による窒息死であることが判明した。

【メモ】

【答案例】

第1 甲が乙の首を絞め一酸化炭素中毒死させた行為
1.「みんなで一緒に…」及び「早く楽にして」との言動から、乙の嘱託あり、嘱託殺人罪(202条後段)の実行行為性あり。「殺した」(同段)に該当。
2.甲の行為は首を絞めたものだが、乙の死因は一酸化炭素中毒死であり、因果関係は認められるか、その判断基準が問題となる。
(1)●
(2)あ:肯定
3.しかし、甲は、乙は自己が首を絞めつけたことにより死亡したと考えおり、故意(「罪を犯す意思」(38条1項本文))が認められるか?
(1)●
(2)あ:肯定
4.以上より、202後段成立。
第2 甲が甲宅を全焼させた行為
1.甲による点火時には乙は生存していたため、甲宅は「現に人がいる建造物」(108条)に該当する。
しかし、甲は、甲宅に保険が付されていることを認識しつつ、且つ乙が死亡していると考えており、その主観面は自己所有非現住建造物の放火に過ぎない(115条、109条1項)。そこで、かかる錯誤が存在する場合、故意が認められるか、その判断基準が問題となる。
(1)●
(2)あ
2.以上より、115条、109条1項成立。
第3 甲が丙の遺体を損傷した行為
1.190
あ:乙・丙につき、成立。●認識:死に至らしめた乙についても成立。保護法益の違い。他説あるようだが。
2.104、105
あ:丙の死体について、成立。乙の死体は甲自身の犯罪の証拠であり、非該当。
第4 罪数
以上より、190条、104条(105条)、115条・109条1項とは観念的競合(54条1項前段)とな。115条・109条1項と202条後段とも観念的競合。かすがい現象により全てが観念的競合となる。
以上

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